2012/11/13

闘うということ

自慢顔の、わたし
11月10日、ピレネー山脈のお膝元にあるタルブという町で、ミディピレネー地方のクラブを集めてのオープン戦が開かれた。選手は45-50人ぐらいしか集まらなかったものの、剣道の地方大会には大変珍しい「観客」がたくさんつめかけていて、大変にぎやかだった。

 我が「白悠会」からは、エリックとシルヴァン、中学生のアランを連れて行った。わたしは日本人なので、剣道連盟の公式な試合での個人戦には参加できない。5人で行われる団体戦であれば、外国人が一人までなら入っても許されるので、去年は何度か試合をさせていただいた。このタルブのオープン戦では、外国人でも個人戦と団体戦に問題なく参加が許されたので、たくさんの試合をすることができた。

 カーモーからタルブまで片道3時間半ぐらい掛かるので、朝9時の開場に到着できるようにするには、暗いうちから家を出る。シルヴァンは興奮して眠れなかったと言っていた。口数も少ない。アランは中学生なので、後部座席でもちろん静かに居眠りをしている。運転をしてくれたエリックは、わたしの調理学校仲間だった人。学校が終わってからもうずっと老人ホームの食堂で働いているので、金曜日の夜も仕事だったのに、ちゃんと起きて運転までしてくれた。車の中でしゃべりまくるのがわたしの仕事だ。

 11月に入ってからは、試合を意識して、ルールの説明や作法の復習をくり返した。稽古にも熱が入っていて、試合で活用できる二段技や、動きのでるような稽古をした。わたしの生徒たちは普段あまり試合形式の地稽古はできないので(有段者がわたししかいないものだから)、生徒たちは「気分を味わうためにYouTubeでたくさんの試合を見て研究した」などと言っている。エリックにとっては始めての試合。緊張するのも仕方ない。去年の冬の地方大会に無理矢理ださせようとしたら、本人が「まだ自信がない」と言った。確かにあの時出さなくてよかった。ボロボロだっただろう。
 シルヴァンは始めてすぐからもう試合に出たがった若者で、やる気も満々、野望もありあり。若い人を対象にした講習会にも参加させているし、試合にはもう三回目の出場だ。一回目の試合で「思いがけなく」立派な先鋒をつとめ、かなり自信を持って参加した二回目の試合では二秒で破れるという「屈辱」を経験しているために、「二秒で負けて、午前中で家に帰れって言われたらどうしよう」と、不安がっていた。
シルヴァン、うれしそう。

 アランはといえば、この子は無表情無感動だ。。。恥ずかしがり屋の中学生なので、思っていることを言えないし、いったいどんなことを思っているやら、顔の表情からはちいともわからない。剣道を始めたころは、わたしの目を真っ正面から見ることができなかった。剣道着の襟が開くのを恐れて、いつもモゾモゾと動いている。細く柔らかい線をしているので、「あの子、女の子?」って、しょっちゅう言われている。しかもうちの姪っ子が使っていた赤い胴をつけているので、かわいくって仕方ない。見た目よりもスポーツマン、水泳で鍛えているので持久力はある。大人と同じ時間だけ面を着けて動き回ることができる。「降参」とか「疲れた」とか絶対に言わない。わたしの期待のホープ。
アラン、ガンガン打たれてましたが、泣かず。バシバシ打ち返して、泣かせてたネ。


結果は、エリックが級者の部でなんと優勝。団体戦では三位。シルヴァンは級者の部の三位。団体戦も三位。団体戦の組み合わせはすべてのクラブを一緒くたにして三人ずつに振り分けたので、同じクラブの人が同じグループになることは避けられた。準決勝戦でエリックとシルヴァンは、闘わなくてはならなかった。アランは個人戦が準優勝で、団体戦は三位だった。一人二個ずつのメダル、六個のメダルをクラブに持って帰ってくれた。

なのに、わたしはちょっと胸が痛いのだ。土曜日から、剣道のことばっかり考えていて、いろんな人と話をした。


 みんなこの一日でたくさんの試合をした。トーナメントに上がる前に敗者復活戦もあったので、例えばエリックなどは土曜日早朝の第一回目の試合で大負けした相手と決勝で当たって、優勝してしまった。アランはトーナメント戦に上がる前に7歳から13歳の部に登録したすべての子どもと対戦したので、土曜日一日で15回ぐらいの試合をやったことになる。時間制限まで勝負が決まらなかった試合もあったので、3分以上がんばったこともあったのだ。持久力がなければやっていけないけど、普段は持久力アップの稽古なんて特にやっていない。

 問題はエリック。普段おとなしく穏やかな人だ。女性と子どもを打つことができない。面なども、パンと打てずに触ってるだけ。でも、身体はギシギシ音を立てているのが聴こえるほど、硬い。掛かり稽古を始めると、肩が上がって、顔が真っ赤になる。いつも、「ハイ息を吸って〜とか、リラックスして〜。」と言ってあげなければ、ガチガチがおさまらない。JPもそんなところがあるので、二人が稽古を始めるとロボコップが二体でぶつかりあってるようで、わたしは間に入ってやめさせることが多い。

 さあ、インターネットのビデオで研究を重ねたエリック。。。つばぜり合いは面を打つ前に手が伸びていき、相手の面金をぶん殴っていて、まるでボクシング。相手を腕で押して力づくで場外に押し出すようなこともあった。わたしは、別な試合場の審判をやっていたのだが、エリックの試合が危なっかしくて、気にかかる。こっちの審判を中断させてもらって、向こうの試合場に「タイム」を掛け、エリックにこのわたしが注意勧告を出し、センセイとしてお説教をし、「深呼吸をやんなさい」と言ってあげたかったぐらいだ。でも、剣道の試合は声を張り上げて「応援」しちゃいけない。試合中に中断してアドバイスなど、絶対に許されない。審判はよく見ていて、「わかれ」を掛けたり「合議」で集まったりする。エリックは何度も注意を受けていたし、エリックが押し出したために場外にでた人に対して、合議のあと「場外反則」を出さない代わりに、エリックに対する「注意」が言い渡され、わたしはなんともほっとした。

 わたしは、力づくの剣道を憎んでいる。これまでにも、ずいぶんいやな思いと痛い思いをした経験があって、そういう剣道をなくしたいと思って、道場を始めたのだ。なのに、ボクシングのようなつばぜり合いと、竹刀じゃなくて腕で押して、後ろから殴るような剣道で、エリックはついに決勝まで行ってしまった。
 じつは、めちゃくちゃの動きをやってるエリックなのだが、隙は上手にとらえていた。これはほかの審判たちにも言われた。エリックが暴れまくっている途中で、相手の隙をちょいと狙って、素晴らしい面が入る。三人の審判が一斉に旗を揚げ、観客が「おお〜」と唸る。とってもわかりやすい技で、はっきり勝って決勝までたどり着いたのは確かなのだ。だれにも文句は言えない。めちゃくちゃな態度については、参加者の中でいちばん注意を受けたためか、朝と夕方の試合には大きな質の差が出ていた。これもたくさんの人からの指摘だった。

 決勝で素晴らしい面が決まって、その音が会場に響き渡った。三本の旗が一斉に翻った。その時、わたしは隣りの会場から見ていて、じつは頭を抱えた。気を失いそうだった。お先真っ暗だった。たった今のが素晴らしい面だったのはわかるんだけど、でも、あとの二分五十九秒の動きが、めちゃくちゃだったので、エリックに優勝をあげないで欲しいとさえ思った。わたしは自分の生徒のその勝利が、悲しくて仕方なかった。なんで教えたことができないんだろう。なんでこんなに暴力的なんだろう。これまでの苦労はなんだったんだろう?反抗期の娘に裏切られた親バカみたいじゃない。

わたし、どこ見てるのか?胴をとるのもすっかり忘れてるし。おいおい。
試合のあとで愚痴を聴いてもらおうと思って、決勝で主審をした友人の美恵子さんの所に行った。美恵子さんはわたしの顔を見るなり、「おめでとう。いい試合だったね。あのエリックさんの面、素晴らしかった」とニコニコして言ってくれた。「エリックさんは、朝からずっと何度も注意を受けたけど、それでいやになって剣道やめたりしないよね?」と心配そうでもある。わたしが「内容」について不満であることを言ったら、何度も経験しているうちに、試合のルールは身に着いて来るし、精神的なストレスとか緊張も、コントロールできるようになるよと言ってもらえた。確かにエリックは「我を忘れた」状態だったと思う。自分でもぜんぜん「こんなつもりじゃなかった」と思う。

 エリックは、表彰式でメダルをもらうのに、申し訳なさそうにしている。

さて、今回の、この第1回目の試合の「目標」はいったいなんであったかと考える。勝つことではなかった。それは確かだ。一戦も勝てるわけがないと思っていたぐらいだから。
試合の雰囲気を味わう。怖くても逃げない。苦しくても最後まで力を尽くす。。。。
そんなところだったと思う。あと何年かしたら、試合の雰囲気を盛り上げて、相手を怖がらせて怯えさせ、最後まで息も切らさずに、そして、きれいな技でガンガン勝ち抜く。。。。になる日が来るかも、しれない。そして、自信を持って、胸を張って表彰台に立ち、対戦した相手から「素晴らしい試合をありがとう」と握手を求められ、笑顔で自分たちの道場に凱旋する日も来るだろう。

 「怖くて眠れなかった」と言っていた三人が、「なにはともあれ 楽しい一日だった」と言っているだけでも、ものすごい収穫だったのだ。わたしもそうだったんだから。



 昇段試験の時の様子を撮ったビデオを送ってもらった。これを佐藤先生が見たら、頭を抱えて泣かれるかもしれない。「なんでこんな奴に昇段させたのか」と言われるだろう。30年経ってもあまり変わらない人間が「センセイ」しているんだから、文句を言われる生徒は、お気の毒。

課題がいっぱいです。。。



 



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