2009/11/18

クリニック

 オピタル (HOPITAL) ではなくて、クリニックだというので、どんなちっぽけなところかと思っていたけど、リュニオンのクリニックは巨大だった。とっても広い駐車場では、駐車スペースを探して朝から晩までたくさんの自動車が回り続ける。バスもタクシーも、救急車も、パトカーも来る。
 特別な手術をする病院らしいので、見たこともない不思議な器具をつけた《すごい患者さん》がいっぱいいる。玄関には、手が使えなくても車いすでも便利な、自動の回転扉があって、一日中ぐるぐる回り続ける。回転扉の真正面にキヨスクがあって、お見舞いを買い忘れた人や、クロスワードパズルを選ぶ患者さんが、うろうろしている。専門医を探す人、入院場所を探す人が、案内パネルの前でじっとしている。受付には行列ができていて、不安な人が怒鳴ったりしている。

 JPの部屋は4階の北側の一番奥にあり、一日中太陽が射さない。風景っていえば巨大駐車場と、コの字型になってる病棟の向かいの部屋で苦しんでいる人たちの姿。北側の窓は床から天井までガラス張りなので、あっちからもこっちが丸見えなんだろう。左下の方に、カフェテリアの裏口があって、食べ物や飲み物を運ぶトラックや人の姿と、午前と午後に二回ずつゴミを取りにくる電気自動車が見える。
 
 真下の駐車場のちょっとしたスペースに、芝生が植えてある。JPが4時に運ばれて行った。静かな病室を借り切って、一人で解剖学の教科書で上皮細胞について勉強をしていた時に、いきなりものすごい音が始まった。この音は草刈り機だ。
 見ると、トラクターぐらいの大きな草刈り機だった。黄色い車体にkubotaって書いてある。日本にいた頃はクボタは田植機だけかと思っていたが、フランスではkubotaの草刈り機をよく見かける。kubotaの草刈り機を見るたびに、中学の時の同級生の《ピース・久保田》が懐かしくなる。病院の草刈りトラックを運転しているのは、チェックのシャツに、ホークスみたいな野球帽子をかぶった《ピース・久保田》みたいなお兄さん。大きなヘッドホンをして、優雅に芝生に模様を作っていた。ヘッドホンを耳につけてる姿まで、まるで《ピース・久保田》。そこでわたしは《ピース・久保田》にそっくりなムッシュ・ヘッドホンが描く地上絵に見入る。やがて、草刈り機の音が遠ざかる。

 駐車場の向こう側に、屋根の葺き替えをしている家があって、火曜日に入院した日には、屋根の一部の瓦をはがしているところだった。水曜日の午後にはガラスがはまった。テラスの天窓なのかもしれないし、あるいは今はやりの太陽熱電池のパネルなのかもしれない。に、しては、西を向いているから、パネルじゃない確率に賭ける。
 駐車場では相変わらず車が行ったり来たりしている。自動車の展示場みたい。さあ、車を買ってもらえるとしたら、どんなリクエストを出そうか。わたしは車選びを始める。

 一時間ですむと言ったのに、四時間もかかった。
暗くなってしまったので、雨戸シャッターを閉めた。翻訳の原稿を修正するのも、集中できなくなってしまった。解剖学は、細胞学を終えて骨学まで終わった。8時半が過ぎてから、担当の先生から部屋に電話があり、手術が難しかったこと、でも無事に終わったことなど教えてくれた。それで、今度こそあと一時間ぐらいで部屋に帰してくれるというので、わたしは一階に下りて、自動販売機でコーヒーやサンドイッチを買った。

 病院の簡易ベッドはずいぶん快適だった。疲れていたからぐっすり眠れると思ったのに、看護士さんたちが三時間おきに点検に来るので、寝ていられなかった。JPは、モルヒネのおかげで痛くはないらしい。11針縫ったという背中を下にして寝ている。
子ども達は友達の家に泊まったので安心だった。だいたい、子どもたちと一緒にいない時には、あまり子ども達のことを考えない。
薄情な親なのだ、わたしは。

Aucun commentaire: