2008/06/23

一日中学教師

 中学の国語教師免許を持っているが、国家試験には受からなかったので、中学で教えたのは教育実習の夏目漱石のみに終わった。

教育実習の受け持ち3年5組の教室に、3組の女の子たちが、わたしを迎えに来た。
 「これ、先生のじゃないの?」
と見せられたのは、わたしが中学3年3組の時に使っていた椅子だった。
 たぶん体育祭か文化祭の時だろう、教室から椅子を運び出す際に、背もたれの後ろに各自名前を書いたのに違いない。
「遠藤」は当時指宿には一軒しかなかったし、「みのり」という名前で知っている他人は、丹波小学校の図書館の先生ぐらいだった。わたしにしか書けない、いかにも性格が不安定と思われる人間に特徴のある文字。まぎれもなくわたしの椅子だった。その椅子は、当時のまま「遠藤みのり」のシールを貼付けて、当時のまま3年3組でわたしを待っていた。どっと泣けた。

 ノエミのクラスは《シージェム・アン》と言って、6eme1と書く。《シージェム》というのは、中学の第一年目クラス1のことだ。9月からは中学2年生になり、5emeに進級する。自分の子が中学生とは、なんとも不思議。

 フランス語の授業でポエムをやっているとは聞いていた。フランス語の先生が無謀にもHAIKUに挑んでいると聞き、いたく感心していたところ。
うちに与謝野蕪村と良寛と、俳句じゃないけど和泉式部もあったので、授業の参考にしてくださいと、ノエミに持たせた。

 どんな授業をしているんだろうと気になっていたら、このわたくしめもご招待を受けた。俳句について論じて欲しいというので、とんでもないと思いつつも、そこはそれ、目立ちたがりやなわたし。しかも、俳句が語れなくても、「日本語レッスンやってくればいいや〜。それだったら専門だっし〜。」と開き直って出掛けた。いちおう、一週間ぐらい前からせっせと俳句についてお勉強した。

 中学生というのはいきなり授業とは関係のない質問する人種なので、いちおう《フランスから日本までの距離12000キロメートル》とか、《フランスの人口は6447314人だけど、日本の人口は12743611人》とか、《人口密度は一平方メートルにつき339人が日本で、93.59人がフランス》などなどをちゃんと紙に書いて持参した。

 「俳句の一番の特徴は、5-7-5の音節で作る、世界で一番短い定型詩です。」と辞書に書いてある通りに言っても、《日本語の音節》がわからないので、やっぱり日本語レッスンからだ。
 まずは知っている日本語の単語を挙げてもらう。
 JUDO・KARATEはやってる子供が多いので、すぐに出る。HONDA・TOYOTA・SUZUKIは「世界の。。。」だからみんな知ってる。SAKURA・NARUTO・HARUは、漫画の主人公だから。SAKURAは《桜》、NARUTOは《鳴門》、HARUは《春》だと説明すると、みんなびっくりしている。発音は怪しいが《コニシワ》(こんにちは)と《サヨナハ》(さようなら)を知ってる子もいた。ノエミは最前列にいてうずうずしているようだったが、黙っていてもらった。

 こういう単語を並べると、子音と母音の繰り返しでできる日本語の単語の特徴や、音節の簡単な数え方もわかる。1音節から3音節の単語はどんどん出て来る。とすると、形容詞や動詞を付け足したとしても「17音節ぐらいの文章を作るのはそんなに難しくないね」と、つい思ってしまう。
    ところがどっこい。

 季語も入れなきゃならないし、まがりなりにもポエムなので《自然の風景》や《感情》も入れたい。《発句》だとか《切れ字》だとかもあるけど《〜かな》や《〜なり》の説明とともに、本日はパス。

 次に《四季》を表現する言葉を探すように言った。その際、《春》とか《夏》と言わずして季節を感じる言葉を探すことが条件。
《桃》や《ウグイス》がどの季節かわからない子どももいたが、夏だとやっぱり《海》とか《入道雲》が出る。《プール》という生徒もいたが、「ロマンチックじゃないし、《自然》の水溜まりじゃないから、もっと素敵なのを探そうよ」と言うと、その子は、《小川》と言った。ほっ。
 
 続いて《感情》を表す言葉を探すことにした。
《涙》《叫び》には悲しみだけではなく喜びも表現できること。《赤い顔》は、恥じらいのほかに、怒りも表せるということ。《鼓動》には速さの違いがあること。髪を振り乱したり、うろうろ歩き回るなど、みんなが教室で見せる《表情》や《動作》には、きっと意味があると言うこと。改めてそういう感情表現を言葉にしてみる、クラスで話し合ってみると、今まで考えもしなかったことに気づく。

 このクラスには、《手に負えない》男の子が4人いて、クラスをかき乱していることは、以前から聞き知っていた。授業中に歩き回り、大声を出し、授業ができないと先生がたは嘆いていらっしゃる。なので、フランス語の先生も、「こんなクラスで申し訳ないです。どんな事態になるかわからないので、校長先生もお呼びしました」と言われていたが、校長先生は都合により本日は欠席。
 普段多くても7人ぐらいまでの、大人の日本語レッスンにはなれているけれども、ひとクラス40人を受け持ったのが、20年前に一度きり。うるさ盛り25人のクラスをまとめられるのか、とっても不安だった。

 子どもたちは誰ひとり席を立たなかった。大声を出したり、無駄話をしたりする生徒もいなかった。ふだんから暴れん坊とうわさを聞いていたアレクシは、ノートに何も書こうとしなかったが、ちゃんと前見て、にこにこして、わたしの話をきいていた。ギヨムは、最前列で目を輝かせていた。モーガンは、たくさん質問してくれた。そして、先生もノエミもいちばん心配していたマキシムが、ついに手を挙げた。どきっ。

 「Merci は、日本語でなんて言うんですか?」
わたしはホワイトボードに大きく書いてみせた。
《ありがとう》読み方はARIGATOOだよ。
「マキシム、これを朝から晩まで唱えたら、あなた、とっても幸せになれるよ。これ、魔法の言葉なんだよ。」

 俳句の例文の移る前に、俳句に使われている5-7-5音節の、5と7という数字が、アジア人にとって意味のある数字であるという研究を発表したフランス人の話で締めくくることにした。
 七福について。五常の徳は難しけど、五行はみんな知ってる。そして五濁を封じる五力について。。。
このようなうんちくを述べると、みんなの目が輝くので面白い。そうしてアジア人はみんな哲学者か儒教者だと思ってもらえる。ノエミのママンは仏のようだと言われているかもしれぬ。
 「仁・義・礼・智・信」 が《思いやり》《正しい行い》《豊かな心》《ただしい判断》《周りからの信頼》であるとか、「五力」つまり、《信じること》《努力すること》《思慮深いこと》《心を統一すること》《 明らかな智慧を持つこと》を持ってすれば、 いろんな難しいことに立ち向かえるんだそうです。。。などと話すと、生徒よりも先生が感動する。
予習して行ってよかった。

 「さて、じゃあ俳句の例文を。。。」
と言ったところで、ベルが鳴る。あら、もうこんな時間?
 例文は明日に持ち込み。本日の宿題は《ヴァカンス》に関するポエムを作るための「風景、感情」を表すことばを探してくることとなった。明日は先生が引き続きやってくれるそうだ。「明日も来ていいですか?」と本当は言いたかった。
 
 「はい、これで終わります」と言うと、みんな立ち上がり拍手が起こった。
子どもたちは教室を出て行きながら習ったばかりの「ありがと〜!ありがと〜!」を口々に言ってくれた。

 とっても楽しい一時間だった。

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