2008/04/10

人は、一度巡り会った人と二度と別れることはできない



 母に電話して、相変わらずバカ話をしながら、ガハハと笑った。
母がいきなり「ナカマタダイサクくんを覚えているか?」というので、びっくりした。ナカマタダイサクくんのことなら、よく覚えている。
 身体が小さくて、口は一文字にきりっとしており、色黒で、脚が速く、頭のよさそうな声をしていて、確かに頭が良かったので、わたしが入れた高校には、彼は入らなかった。
 「ナカマタくんのご両親にばったり会って、世間話をしたんだけど、ナカマタくんのお父さんが『みのりちゃん元気ですか?』と訊いていたよ。みのり、悪いことできないね」というので、わたしはナカマタくんが40歳になっているだろう顔を想像して、それぐらいの歳のナカマタくんのお父さんを想像してみた。運動会でいつも1番だったナカマタくんの体操服姿は思い出せても、40歳のおじさんになっている姿は、どうやっても想像できなかった。
「お母さんが、折田先生はお元気だろうかって訊いていたよ」
去年の夏に、折田先生には知覧のご自宅でお会いしたので、「お元気ですよ」と伝えることができたそうだ。
私たちの《おぼうさま》をクスノキに彫ってくださったのは、4年の時の担任だった折田先生で、あのクラスにナカマタくんも居たのか〜と、懐かしくなった。

 またもや翻訳の本の読み直しをしていた。今度こそ最後。調べものの再確認などや、個人的な興味も手伝って、ユダヤ教のことを調べていたら、《ユダヤ歳時記》という面白いサイトに出逢った。ニューヨークに住んでいる日本人女性で、結婚の関係で、ユダヤ教に改宗したという経歴をお持ちの方だ。質問のメールを送ったら、すぐにお返事をくださって、わたしはまた、ひとり、遠い空の下にメル友を持てたような気がしている。教育のことなども聴いていただいている。うれしい。この方の名字が、わたしの本の主人公で、ユダヤ人のおじいちゃんの名字とまったく同じ。あまりの偶然に驚いてしまった。

 数日前からちびちび読んでいた『パイロットフィッシュ』を読み終えた。一気に読んでしまえる本だったのに、時間が掛かったのは、新しいページを開くごとに、やるせない気持ちになったからじゃないか、と思う。
 この本を読んでいる間中、本を手に取るたびに、呼吸が乱れた。
鼻から動物の骨を吸い込んでーーそれはたぶん、完全なY字型をしている鳥の胸骨かなにかで(そんな物は鼻からは入らないんだけど)ーー、それが、心臓と胃の中間辺りの、脂肪と筋肉の間の、わけの分からない液体の中で、きしみながらもだいているような、落ち着かない不安と切なさに包まれる本だった。

 19年間も、さようならを言えなかったぼくが、昔の恋人に呼ばれて、待ち合わせの場所に行く。「19年前にどうしてもさようならと言わせてくれなかった彼女が、さようならをするために、ここに来てくれたんだ」と山崎がつぶやく瞬間に、「ああ、そうだったのか」と涙が出た。
 彼女とはもう会えないかもしれないけど、ずっとここにいてくれる。彼女は長い間ぼくのそばにはいなかったのに、本当はずっとそばにいた。
 始発の誰も乗っていない電車の暗い窓に映った、透明人間の自分を見ているよりも、寂しくなった。 

 今朝、たった一人で朝食をとりながら、ピース・クボタ氏がわたしのために、心を込めて作ってくれた、オリジナルカセットを聴いていた。いつも知的作業をする時に音楽が鳴っていると集中できないので、書斎では音楽を掛けない。台所でジャガイモの皮なんかを剥いている時に、音楽を掛けることもあるけれども、じっと歌詞に耳を済ませるようなことはない。じっと座って、音楽と歌詞をちゃんと聴くことができるのは、何もしていない時で、何もしていないことが滅多にない。だから、今朝「一人で音楽を聴く」ことができて、とても貴重な時間が過ごせた。
 そんな時に大沢誉志幸じゃなくてハナレグミのほうの、『そして僕は途方に暮れる』が一曲目に入っているカセットというのは、あまりにもタイミングが良すぎる。そして、途方に暮れてしまったわたしは、ボボを連れて、春の公園まで散歩することにした。

 公園で、子猫の悲しい声に呼ばれて、鼻から入った鳥の胸骨に関する思考が中断された。足元を見ていたわたしの頭が、階段の上のほうに持ち上がり、耳がアンテナのようにひくひく動いた。猫のサイレンはだんだん近くなり、遠くなり、わたしは、子猫を探して公園じゅうを歩き回ってみたけれども、その声は「ここかな?」と思う辺りで、途絶えてしまった。「ここかな?」の場所に立ち止まり、みゃうみゃうと母猫の真似をしてみたけれども、子猫はうんともすんとも言わなくなった。
 公園には、携帯電話の呼び出し音みたいな声で鳴く鳥もいるので、もしかしたら、子猫のように鳴く鳥だったのかも、しれない。

 ナカマタくんのお父さんに手紙を書こうと思って、中学の卒業名簿を見たら、ナカマタくんの名前がなかった。彼はいつの間にか、転校してしまっていたのだろうか?
 ナカマタくんにいつか、会えるだろうか?彼は、わたしのことを覚えていてくれるだろうか?
 さて、わたしは、これからまた、子猫を探しに、公園に行ってみようかと思っている。見つけてしまったら、どうしよう。。。

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