2007/09/17

8月31日



人生は水もの?《水物》までたどり着けず、心残りに終わった 綴り箱弁当。ううう

L'aeroport international de nagoya est sur une ile. Avec le train rapide, j'arrive au centre de Nagoya. La gare, un grand magasin et un hotel sont sur le meme batiment, j'ai pris deux randez-vous dans cet hotel.
Prendre Shinkansen-TGV japonais-pour aller chez ma soeur a Hikone.
Le soir , j'ai fait du kendo avec ma niece, aller au bain publique, manger dans un restaurant de Sushi tornant.

Le travail commence demain, mais je suis deja bien epuisee, je ne veux plus bouger.

 午前9時頃名古屋に向かう飛行機に乗るには、指宿を7時には出なければならない。
従兄二人が、母も一緒に空港に連れて行ってくれると申し出てくれた。空港でお茶して、従兄のお嫁さんがお土産を買いに走り、あっという間に時間が来てしまった。飛行機の中から、お見送り団の4人が、写真を撮ったり手を振ったりしている姿が見えていた。わたしも手を振っていたのだが、見えていたのかな?

 名古屋には11時頃到着したが、12時半には、仕事のために、名古屋市内で人に会うことになっている。とても忙しい方で、会う約束をやっと取り付けることができた。でも林さんは1時半の新幹線に乗らなければならなかったために、12時半に名古屋駅の上にあるマリオットホテルのレストランで、お食事をいただきながら、1時間だけお話をさせていただくことになっていた。
 ホテルは駅の上だからすぐにわかると聞いていたけれども、名古屋駅は2つあった。海上に浮かぶ中部国際空港《セントレア》から、名鉄名古屋駅に向かう電車は、オートマチック化された素晴らしい特急で、《オートマチック》の苦手なわたしは、切符の買い方やら、電車の乗り方がわからず、うろたえてしまった。駅に駅員さんがいない。あ〜〜〜
 わたしはどこかに行くと、必ず迷う。でも、あまり長い時間迷ったりせず、《係りの人》を取っ捕まえて、すぐに質問する。本屋さんでは書店員を、レコード屋さんでは販売員を、道ではおまわりさんや通行人を呼び止めて、直ちにその場の《専門家》の意見を聞くように心がけている。でも、駅に駅員さんというものがいなくちゃあ〜、困るよなあ。
 
 スーツケースは重い。バッグもお土産もある。仕事用の革のカバンも袈裟がけにしてある。ぜーぜー。空港にはキャリーというものがあるのに、駅にはそんなものがないばかりか、変なスロープや数段の階段まである。人々はまっしぐらに進み、道を開けるということを知らず、左側通行、一列に並んでいるお行儀よさは大したものだが、そこを突っ切ろうとしている《外国帰り》には冷たい。こんなに黒いのに《外人》に見えない《変な日本人の女》にはもっと冷たい。道を聞いても教えてくれない。どこに行っても親切な標識があるのだから、迷うのがバカなんだけど。反射神経が日本人のそれにはもうついていけない体質になってしまったのだろうか。なんでみんなこんなに歩くスピードが速いんだろう?待ってくれ〜い。

 名古屋駅の上はデパートになっているらしい。目指すホテルのロビーは15階にあった。そのあたりで、ちょっと場違いなところに足を踏み入れてしまったことに気づく。
 15階のロビーに到着すると、かっこいい制服を着たボーイさんとガールさんが、四方から一斉に「荷物をお持ちしましょうか」と走りよってきた。なんだこのスピードは。まるでわたしが訪れるのがわかっていたみたいだ。汗まみれのわたしは、イヤーありがたいとばかりに荷物を持ってもらう。スーツケースは壊れかけていて、走りが悪く「コツがあるんですよお」と教えながら、その15階の光り輝くロビーには、汗みどろの変なオンナも、壊れかけたスーツケースなんぞを転がしているオバンもいないことに、気づく。なのに、ボーイさんは平等に美しい微笑みで、なんでも許してもらえる女王様に対してのごとく言葉遣いまで腰が低い。この親切ていねいさに、心癒されてしまった。20キロを超えるスーツケースを持ってもらうのが申し訳なくって、見ているだけでストレスがたまる。こんなとこ、来るんじゃなかったよ

 マリオットホテルの上の階の料亭で約束がある、と言うと、荷物だけ預かってもらえた。コインロッカーを探す手間が省けた。急いで約束の料亭に行くと、林さんはまだいらしておらず、ちょいと化粧直しをする時間が持てた。でも、汗臭い。なんで日本はこんなに暑いんだろう。どこに行っても冷房は効いていない。節約しているのはとてもよいことだ。なのに、どうしてトイレは電化されたままなんだろう?なんか変。
 そしていよいよ緊張の林さん登場。そして綴り箱弁当が次々に運び込まれた。その数29品。でも、食べたのは多分5品ほど。。。
仕事のお話で夢中になり、林さんは新幹線に乗り遅れてしまったのではなかろうかと思われる。

 林さんをエレベーターまでお見送りすると、エレベーターの前の椅子に、大阪の出版社の編集者さんが、ちょこんと座って待っていてくださった。4月にお会いしている。《知った顔》がそこにあり、わたしは崩れそうになるほど安心した。雲の上の最上階。まっ昼間っからピアノとフルートのデュオが奏でられる、シックな喫茶店(多分コーヒーは地上の5杯くらいの値段?)で、来年出版される予定の、わたしたちの本について語り合った。多分編集者さんも、落ち着かない場所であったのではないかと思う。彼には地上での祭り太鼓と盆踊りが似合う。

 編集者さんは大阪へ、わたしは彦根に向かうことになっていたので、3時頃新幹線の駅に向かった。米原まであっという間だった。彼がいてくれたおかげで、無事に米原で降りることができた。でも米原の駅は工事中につき、合計30キロほどの荷物を移動させるのは、大変だった。しかもそれを持つ本人も、日本到着とともに一気に体重増加で、身体が重い。

 米原から彦根へ。姉の家に泊まる予定。
 夜は姪と剣道の稽古をした。練習不足と疲労と体重増加に苦しみつつも、稽古をはじめると疲れも忘れるあたり単純。
銭湯に行ってサウナや岩風呂を体験し、回転ずしでたらふく食べて、マンション11階にて布団になだれ込む。
 途中姉が「あ、地震だ。揺れてる」と言っていたが、「もーどーなってもいい」と思った。母から借りた携帯が鳴って、メッセージが来ていたけど「もーどーでもいい」と思った。以降は遠くで電車の走り去る音を聞きながら爆睡。

 明日の夜から名古屋で仕事なのに、こんなに疲れていて大丈夫なんでしょーか。

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