2007/01/17

見取り稽古 L'observation : Mitori-geiko



 うちのボボです。どうぞよろしく。

 森のそばの道路脇でボボに出合ったのは、2000年の1月2日のことだった。
首輪はつけておらず、大きな耳の裏側には入れ墨もなかったので、捨て犬と決めつけて自宅に連れ帰った。
 寒かったので、暖房の横に寝床を作ってあげた。どうやら脚にけがをしているらしい。顔も傷だらけだった。

 翌日医者に見てもらったら、右前脚を骨折していることがわかった。しかも、打撲傷や内出血などないことから、交通事故にあった可能性はかなり低いと言われ、獣医さんは「これは人間の手か、罠にはまって、ポキッとまっぷたつに折られた骨折です」と判断した。
人間は犬にもなんともひどいことをする。
 自分よりも弱いものをいじめてどうする!

 わたしは高校一年の時に、いじめられていた、と思う。その時にはよくわかっていなかった。
剣道部で、いつも居残りをさせられて、ひとり暮れ落ちた光のない体育館の軒下の冷たい水道で、同級生や先輩たちの汚い手ぬぐいを洗わされた。部活動の時間に発せられる、あるいはひそひそと後ろでささやかれる、言葉の節々に、手ぬぐいを洗う冷たい水よりも冷ややかなニュアンスを感じた。その時には一年生なんだから、先輩の言うことは全部聞くのが当然と思っていたけれども、毎日の周囲の仕草や、ささやきで、自分が汚いもののようにつまみ出されているのを感じ始めた。
 はっきりわたしの何がいけないのか、言ってくれたらいいのに。陰湿だ。
あの子、道場に来なきゃいいのにねって言ってるらしいのに、休んだら次の日はもっとひどい目にあった。

 わたしは、ずいぶんがんばったと思う。つらいと思っても始めたことは終わりまでやるというのは、たぶん《家訓》みたいなもので、苦労しなければうちの子じゃないというような家風があったので、がんばることはいいことだと信じていたのかもしれない。

 これまでにも《ずいぶん がんばった》ということは何度もあった。それで《結局いい結果が生まれた》ということもたびたびあったので、とことんやるのは素晴らしいことのような気がしていた。

 そして今、わたしは自分の首を絞めている。がんばりすぎ。あっちこっちに褒められたくて、みんなにいい顔しすぎだ。
時間がない。ぜんぜん足りない。頼まれごとや、義務や、責任や、学校のため、クラブのため、誇りのため、誰か知らない人のため、自分と自分の家族を後回しにしている。けっこう好き勝手に生きているように見えて、じつは自分のやりたいと思っていることはちいっとも進まない。目の前のことしか見えない。目の前の不幸しか考えられない。先のことを考える余裕もなければ、夢を見ている時間もない。すり減る。がんばりすぎ。いいかっこしいも楽じゃない。
 肩が上がっている。広々とした道場にじっと座って、大きく息を吐きながら心静かに黙想をする、そーんな気持ちの余裕もない。息切れしている。これでは目標にしていたはずの大きくて美しい、遠くから飛び込んで取る面なんて、できやしない。
 そうだ。あんなにいじめられたのに、先輩からは何も教えてもらえなかったのに、わたしはいまだに剣道を続けている。あの人たちに教えてもらえなかったのは、ラッキーだったのかもしれない。おかげでわたしはあの人たちのような先輩にはならなかった、と思う。
 きばったらイケナイ、がんばりすぎるのもよくない、踏ん張っていたら脚さばきが鈍る。そうだ。そうだった。

 今《三殺法》というのを習っている。剣を殺す、気を殺す、技を殺す。
なかなか上達しない。隙がある、油断している、気合い入ってない、足下ふらついている。なにより相手を真っ向から見てない。向かって来る相手をひょいとかわし、相手をびっくりさせられないか。ま、地道にやる。焦ってはいけない。大きく深呼吸をするそんな時間もきっと大切。まず自分が居て、そして相手が居るのだと思う。
 たまには場外に出て見取り稽古もよいと思う。人の欠点を見て、自分の悪いところも見えたり、する。
人がいて、自分もいる。向かった相手はきっと何かを教えてくれている。
振り回されないように。自分と自分の分身である家族が、まずここに居て、誰よりも大切なんだと唱えてあげたい。
いい格好をしなくてもいいんだね。

 ボボは意地悪な人間にひどい目に遭いながら、その命までも操られながら、逞しく生きている。
負け犬らしく尻尾を巻いて、悪い人間が立ち去るのをじっと待っていたんだろうか。
どんな犬よりも優しい。きっと、いじめられてその《痛み》をわかっているからだろう。
ボボにさえ、教えられる。
 
『いじめられている君へ。いじめている君へ。』も読んでみようか。
http://www.asahi.com/edu/ijime/
 
 

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